[ ご 挨 拶 ]
工業所有権及び J P ドメイン名の登録に関する紛争の法律的解決について
工業所有権仲裁センター センター長 田 中 正 治
工業所有権仲裁センターは、弁理士会と日本弁護士連合会との間で平成10年3月4日に調印された協定書にもとづき、工業所有権に関する紛争につき、その法律的解決を目的として、両者共同して設置され、平成10年4月1日から事業(主として、工業所有権に関する法律上の紛争についての調停及び仲裁)を開始している。
また、当センターは、インターネット上のアドレスに当たる JP ドメイン名(日本国に住所を有する組織による、例えば、http://www.〇〇〇.or.jp のようなjpの付いているドメイン名)の登録業務を行っている(社)日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)との間で平成12年8月22日に調印された協定書にもとづき、JP ドメイン名の登録に関する紛争についても、その法律的解決を目的として、来る10月19日から、事業(主として、JP ドメイン名の登録についての取消または移転の裁定)を開始する予定である。
従って、当センターは、工業所有権に関する紛争に加え、JP ドメイン名の登録に関する紛争についても、法律的解決を目的として、事業を行うことになった。このため、本年度は、弁理士会と日本弁護士連合会のそれぞれからの15名による計30名からなる運営委員会(委員長花水征一弁護士、副委員長吉田研二弁理士)に、従前の①工業所有権仲裁センター運営部会、②審査部会、③仲裁実務研究会運営部会、④規則・書式部会の4つの部会に加え、⑤ドメイン名検討部会、⑥広報部会を設け、7名の役員(内、副センター長木村高久弁理士、監事真田修二弁理士)ともども、精力的に、活動を行っている。
工業所有権に関する紛争については、本年度は、その事業開始から第3年目に当たるが、その間、問合せが411件あるが、調停申立が10件、仲裁申立が1件ある。なお、申立を受けたが手続きの開始に到っていない案件が2件ある。調停申立は、特許、実用新案、意匠及び商標の全てに亘り、調停申立の10件中、6件は短期に解決している。ある件では約3ヵ月で解決している。また、仲裁申立の1件は、申立人が外国人であり、継続中である。
ところで、工業所有権に関する紛争について、その法律的解決のための当センターへの申立は、調停及び仲裁の双方とも多いとはいえない。それは、工業所有権に関する紛争を法律的に解決すべき案件が存在していながら、申立に到らないことによるものと思われる。その申立に到らないことの理由としては、国民性によることなど種々あるが、当センターの存在が周知されていないこと、当センターの存在は知っていても、申立から解決までの手続きが周知不足であるため、その手続きの遂行が裁判所における侵害事件の場合と同様に攻撃、防御を行わなければならないのではないかと解されていること、当センターでの紛争の法律的な解決が、案件によっては必ずしも廉価に行われるとはいえないこと、などを挙げることができる。
当センターでは、そのようなことを踏まえ、工業所有権に関する紛争について、それを法律的に解決すべき案件の申立がより多く行われることについて、検討を進めているところであるが、その具体的な検討事項として、①個人を含めた各企業、とくに中小企業や、ベンチャー企業に対する広報活動とともに、弁理士法の改正によって仲裁代理人として活躍し得るようになった会員諸氏に対する広報活動を、より一層強化すること、②工業所有権に関する紛争の解決のための申立について、調停の申立が仲裁の申立より多いことから、その実態が一見して明らかとなるように、また、世界各国に仲裁センターが多く設立されまた設立されつつある現況であることから、どこの国の仲裁センターなのかが一見して明らかとなるように、さらには、著作権法にあるプログラム、データベースなどの紛争についても法律的解決を目的として事業を行うことが明らかとなるように、当センターの名称を、例えば「日本知的財産権調停・仲裁センター」と改めること、③講演会による広報活動を広く行うにしても、調停代理人または仲裁代理人となり得る会員諸氏との研究会を行うにしても、調停人または仲裁人との研鑚を行うにしても、多くの経費を伴うことから、当センターを、財政基盤の確立ができるように法人化すること、④当センターでの仲裁手続きに関しては、当センターで定めのない事項については「公示催告手続き及び仲裁手続きに関する法律第8編(明治23年法律29号)」の規定に従い、同法同編の定めにない事項については仲裁人の定めるところにより行なわれるが、仲裁手続き上の点からみても、また仲裁判断による執行の点からみても、いまや、同法の改正が、調停手続きを含め、必要であると思われることから、それについて、研究・提言をすること、⑤裁判所に請求乃至申し立てられている工業所有権に関する紛争、及び特許庁に請求されている判定請求について、新たな判例乃至判断となる案件以外の案件については、これを当センターに移送するような制度を設けるよう提言すること、などを挙げており、それらの早期の実現を念願している。
また、JP ドメイン名の登録に関する紛争については、何件の申立があるのか定かではないが、ドメイン名の登録に関する紛争の解決の事業を1999年12月から行っている WIPO(世界知的所有権機関)仲裁センター(当センターとの間で、1998年6月に協力協定を締結し、情報交換などで協力関係を持っている)においては、世界各国の組織が登録している〇〇〇.com、〇〇〇.net、〇〇〇.org のような .com、.net 及び .org の付いているドメイン名の登録に関してではあるが、現在1営業日当たり、20件近くの申立があり、10件以上の裁定が下されているとのことである。なお、来る9月20日には、JP ドメイン名の登録に関する紛争解決のための事業の開始に先駆けて、「JPNIC」との共催で「ドメイン名紛争に関する講演会」を開催する予定である。
この JP ドメイン名の登録に関する紛争については、当センターが、民間の「JPNIC」という機関によって JP ドメイン名の登録者となる者(組織)との間で合意された契約にもとづき登録されている、という JP ドメイン名の登録に関する紛争の法律的解決のための手続きを、民間の「JPNIC」が制定した「JP ドメイン名紛争処理方針のための手続規則」にもとづき行う、ということであり、当センターが、例えば国家の機関(特許庁)によって国家の定めた法律にもとづき登録されている特許等に関する紛争の法律的解決のための手続きを、国家が定めた法律乃至規則にもとづき行う、というのとは、趣を大きく異にしている。また、JP ドメイン名の登録に関する紛争の法律的解決のための手続きを、電子メールを用いて進めるということも、従前とは大きく趣を異にしている。
当センターでは、そのようなことから、また、そのように登録された JP ドメイン名の登録に関する紛争の法律的解決について社会も注目しているところからも、来る10月19日の JP ドメイン名の登録に関する紛争解決のための事業の開始に向け、当センターでの手続規則、裁定のガイドラインなどの制定、事務管理システムの確立などの多くの課題を解決すべく、WIPO 仲裁センターからの助言も受けるなどして、精力的に作業を行っているところである。
以上、当センターにおける工業所有権及び JP ドメイン名の登録に関する紛争の法律的解決のための事業のあらましについて、私見を交え述べたが、今後とも当センターにおける事業について一層のご理解とご協力のほどを願い上げます。