会報第24号・弁理士法改正と研修所の課題

[ ご 挨 拶 ]

弁理士法改正と研修所の課題

副所長 加 藤 朝 道

 新弁理士法には、会則に定めるべき事項として「研修」が明記されております。業務の拡大に伴う研修は会員が当然に受けるべきものですが、会則上は義務研修として位置付けられるでしょう。第一に当面予測されるのは、著作権法、不正競争防止法、関税定率法、仲裁代理及び契約代理と多岐に亘っております。これらの項目は、すでに取組んで来た弁理士もいれば、全く初めてという弁理士も多くいるので、弁理士の業務上差障りのないような基礎と実務上おさえておくべき基本的事項は、全ての会員に共通に能力担保が必要であり、顧客からの信頼を無にしないよう努力することが求められております。

 さらに第二次弁理士法改正で侵害訴訟代理が現実に司法改革審議会のテーマとして取上げられるに至っております。本稿が印刷される頃には、その大勢が決まっているかも知れません。日弁連の理事会の方針によれば、弁理士に共同訴訟代理人としての資格を認めようとしております。従って少なくとも近い将来において補佐人から訴訟代理人へと弁理士の侵害訴訟への関与が深まるであろうことは、十分心得ておく必要があります。そのための基礎として、研修所では、会員特別研修会として「侵害訴訟基礎研修」を企画しました。詳しくは研修所ニュース No. 92をご覧下さい。民法の基礎と工業所有権(2回)と民事訴訟法の基礎(4回)、計6回に亘り、受講者には修了証が出されます。この侵害訴訟基礎研修は、単に補佐人としてのみならず、代理人として主体的に関与するための基礎的能力を担保することを主眼としております。この機会に経験者も未経験者も改正民訴訟、特許法等の関連法規を含めて積極的に知識の整理を図り、実務能力に一層の磨きをかけられんことを期待します。侵害訴訟はやはり、練達の弁理士にとの信頼を勝取る第一歩です。なお研修所では、これらのカリキュラムは常設化を図り、基本テキストを完備することも考えております。

 研修所のもう一つの課題は、増大する新合格者の新人研修をどうこなすかです。本年度も昨年より大幅な合格者増が予想されておりますが、おそらく本年度が従来のやり方で対処しうる最後の年になるのではないかと思われます。今後300人をこえて合格者が、さらに増大する場合を考えると、場所、講師の確保等を含めその実施態勢を再検討する必要が出てきます。新人研修を「実務総合研修」として総合的に行うことは、弁理士としての基本的実務能力の基礎の共有という点では不可欠でありましょうが、ますます増大する業務範囲と各弁理士の専門性への特化という相反する要求を同時に満たすには、どのような研修制度が適当か、全会員の問題として考えざるを得ないと思われます。予算上の措置と会費、利用者負担の許容限度、その他修了者の取扱い等検討すべき問題は多いのが現状です。拡大した研修規模を効率よく運営するには、少なくとも特別会計化が緊急の課題でしょう。

 さらに、第二次弁理士法改正がどのような方向で決着がつくか、現時点ではなお流動的ですが、いずれにせよそれに際し求められる研修のレベルは、現在とは比べものにならない規模に達し、専従者、専任講師等も必要になるかも知れません。さらに、研修自体を客観的に外部から評価される形で行うことも不可欠となるでしょう。そのようなニーズに対処するには、弁理士会研修所の財団法人化も一つの課題となります。

 翻ってこれらのニーズに応えるべき研修所の態勢はどうかと考えますと、研修所運営委員会は2年任期で選任されていますが、毎年の研修テーマの運営が主たる任務であり、また、正副所長会議では、各副所長の担当部会の調整が中心です。従ってこれらの組織では、長期的な展望のもとに企画的な検討と議論を進めるのに適した形態になっておりません。研修所のあり方については全会的な視点が必要であり、その検討のため特別な取組みを本年度からスタートする必要があると考えられます。その際、研修所の運営上の問題点、課題等が十分反映される必要があります。

 一方、義務研修が強化されると、地方の会員を含め全会員に受講の機会をできる限り均等に確保する必要が生じます。この場合の研修会の設定を全国各地に亘ってどうするかという問題も出ます。さらに、多忙により日中には時間を取ることができない会員も多数いると思われます。こうした地理的時間的な障害を克服する方策も考えなければなりません。現在得られる最良の講義形式はインターネットを用いた相互インタラクティブな講義形式と思われますが、そのようなシステムを構築するには、多大の労力と予算の手当が必要になります。

 義務研修であれ自発研修であれ、各会員の受講歴を管理し、必要に応じ情報公開し、或いは、会員自身の受講管理も必要になります。これは会員情報の電子的管理システムの構築の一環として位置付けられます。このための予算措置も早速手当が必要です。

 第2次弁理士法改正で弁理士に必要とされる研修の実質面から見ると、従来のようないわゆる座学的一方的レクチャー形式ではなく、実戦的に侵害訴訟の実務能力を高めるため、少人数のワークショップないしセミナー形式のものが求められるでしょう。これに対応するだけのチュータ(講師)を確保し統一したカリキュラムを組まなければなりません。又成果の確認の仕方も新たに創設する必要があるでしょう。

 このように考えてきますと、ここ数年以内に必要となる弁理士の研修は形式的にも質的にも変革が求められています。短い時間を有効に使って、オン・ザ・ジョブ形式で実務能力を増進することが最も理想的な研修システムであることは疑いありません。そのような研修システムの構築こそ、現在の弁理士会の最大の課題ではないかと思われます。

 弁理士の侵害訴訟への業務拡大は、弁理士がそのような役目を負うべしとの社会的ニーズに基づいて出て来ているものであり、決して弁護士との間の業務範囲の縄張り争いの次元の問題ではありません。弁理士以外に近い将来において知財紛争を積極的・主体的に解決するのに必要な訴訟代理人の制度としての供給システムは、現在の日本において存在しないからであります。一般に法科コースを選ぶ人特に若くして弁護士を志望する人は、学生時代に理系が不得手だからという理由で選ぶ場合が大部分であることは、誰しも認めている所です。

 弁理士は、その知的財産法へのアプローチを介して、理系でありながら法的思考、リーガルマインドに習熟しうる能力を有する潜在的な一大人的資源です。このような見方がなお司法制度改革審議会の委員のなかにも十分浸透していないのが残念至極です。この点の主張は、理事会と弁政連の諸兄の活躍に委ねるとして、「研修」という立場から見た場合、従来の司法研修所のやり方にとらわれることなく、ON THE JOB TRAINING という革新的な研修システムを創出することが、弁理士が知的創造サイクルの一翼一環を担う上で最も求められる貢献ではないかと思われます。

 現在の司法試験と司法研修所システムが創設されて50年以上経ていますが、それに代わる代案は、ロースクール構想以外全く出ていないのが現状です。弁理士の侵害訴訟代理人への業務の拡大を契機として、これとは全く異なり、しかももっと効果的な訴訟代理人の養成システムを構築して行くことが、今弁理士に課された最大の21世紀的課題ではないかと強く、思う次第であります。

 諸兄のご意見をお寄せ下されば幸甚です。

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